« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »

2007年6月

2007年6月24日 (日)

さくらんぼ狩りとホタル見物

今回突然入院が決まるとも知らずに、
「6月になったらさくらんぼ狩り行こうね」とか
「ホタル見に行こうね」と、うっかり子に約束をしてしまいました。

そんな時期に入院になってしまったわけですが
子は、密かにこの二つの約束をとても楽しみにしていて、
特にさくらんぼ狩りはとても楽しみだったらしく
お風呂に入るとバケツを片手にさくらんぼを取る練習を
一生懸命イメトレしてたくらいです。

子の退院後、うちら夫婦は心身ともに疲れていたのですが
子も頑張ったのでその辺は親も頑張ろうって話になりまして
退院後子の様子をみつつ、二つの約束を遂行致しました。

もう、行楽ではありません!業務です!

その証拠に両方ともブログ用の写真がありません!
(もう全然そこらへんまで気が回らなかった…)
唯一、旦那がさくらんぼ農園のおじさんに
記念に子と写真を撮ってくれと言って撮ったショットはあるのですが
さすがにそのおやじさんに許可なく掲載もできないので。
来月の終わりくらいに同じ農園に桃狩りに行く予定なので
写真はそのときにでも。

さて、さくらんぼですが、子は去年1つも食べませんでした。
さぁ今年は?

今年は…
成長したので3粒食べました。(苦笑)
まぁ、小学校にはいるまではタダなのでいいのですが…。
子はさくらんぼは食べませんでしたが、さくらんぼ「狩り」自体は
とても楽しんで、手の届く部分のさくらんぼを楽しそうにむしっていました。

でもね、お母さん、色が赤いさくらんぼがいいな…(泣)

子が台や脚立に上らず採れるような位置に赤いさくらんぼはほとんどなく
無差別にむしられた色の薄い熟してないさくらんぼは親が食べる事になるわけです。
目を離すとすぐまだ摘むのに早いさくらんぼを取ってしまうので
子の挙動を監視しつつ、かといってあまり駄目駄目言うのも
じゃぁ、なんの為に来たんだ。になってしまうのでその辺の集団マナーと行楽との
線引きが結構難しくて疲れました。
しかし、そんな子の軽い嫌がらせに屈する事もなく
今年も旦那と私は食べまくりました。ふー。

ホタルはまた別の日に行ったのですが
今年は今まで行った場所のないホタルイベントに参加しました。
(去年と同じ場所に行きたかったのだけれどちょっとした事情で
その場所へ行くのは断念したのです)
今年行った場所は正直はずれ~。
ホタルの数は全然少ないし、
種類のせいなのかどれも小さいホタルで、もちろん光も体に比例して小さい。
しかも、子は暗くなるまでははしゃいで野原をかけずりまわっていたけれど
辺りが暗くなりホタルが飛び始めようとする時間になると

「子、もうおうちに帰りたい…。暗くて怖い…」

やっぱりタダのビビリじゃん!!

↑この台詞の元ネタ記事はこちら↓
コクコクちゃんとの2回目のデート

そんな訳でじっくりホタルを見ることもなく帰ってきました。
子のホタルへの関心も思ったほどもなく、印象に薄いイベントになりました。
無駄疲れ?

|

2007年6月23日 (土)

友人へ

ちなみに子が起きていてると部屋はあっという間にこうなる。
片付けても片付けても、こうなる。

2006年冬。
友人へ

2007年GW

月日は経っても部屋になんの進化も見られない!

|

病院こぼれ話。

手術後の話です。
手術室の前に行くと執刀医が来て
「術後の写真をみてください」と神妙な顔で術後の写真をデジカメで見せようとしました。
どういう手術をしたかちゃんと確認をとるんですねー。
(でも、事後見せられてもどうにも出来ないとは思うのは気のせい?)

私達は手術後の写真と言うことで結構衝撃的な映像が出ると思い
覚悟してデジカメの画面を覗きました。
すると一番始めに出来てきたのが執刀医達の飲み会の席の写真
執刀医「あ。違う。」

ずこーーーーーーーーーーーーーーー!

タカアンドトシのように「飲み会か!」とツッコミ入れたかった気分でした。


その2
院内で靴を履いてると最後は浮腫んだりして窮屈だったので
自宅にあったスリッパを病院に持っていって履いていました。
退院後、旦那に
「ねぇ、このスリッパさー、病院でずっと履いたんだけど(トイレも歩いた)
さすがにこれを家用に戻すのは嫌でしょう?」という会話をしていました。

子は子で、病院内でピコサンの笛部分を外したサンダルを履かせていたのですが
それは子の外用のお散歩靴として使う事にしました。

旦那と子が退院後初のお散歩でそのサンダルを履いていたときのこと。
公園に行く途中、子が急に立ち止まりうつむいて眉毛が八の字になったそうです。

旦那「子、どうしたの?」
子「この靴病院で履いてたから、公園のお友達嫌だっていうかな…」

うわー!私達の会話理解してたー!
旦那は大丈夫だよーと一生懸命説得したらしいですが
うっかりした事言えないなぁと思った出来事でした。

その3
子が入院している間私は会社を休みがちでした。
でも、さすがに丸々ずっと休むわけにも行かないので
半日会社にでて午後病院に行ったりとかなんとか有休をやりくりしていました。
初めて子を病院にお泊まりさせた次の日、私が3時頃に病院につくと子は
昼寝をしていました。看護士にもうだいぶ寝ていますよと言われたので
あまり寝かすと消灯時間に眠れなくなるので起こす事に。

慣れない場所なせいか、軽くつついただけでパチッと目を開けた子。
普段なら絶対「おがああさあああん~!!」と大泣きするところなのに
寝ころんだ状態のまま、じっとこっちをみてる。
「起きた?」と声を掛けても無言。
何を話しかけても無言
一点をみつめたままぴくりとも動かないので
ほっぺたをつついてみたその瞬間!
よくある衝撃映像とかで大人しかった猛獣が急に人に攻撃をしかけたみたいに
私の手をパーン!!と払いのけた!

「び…びっくりしたぁ(汗)なぁにすんだ…よっ!」と
またほっぺたをつつこうとするとまた
パシーン!しかもマジ殴り。

「こっわぁああい(笑)」
一人前に怒ってるんだーと、なんだか可笑しくなり思わず笑ってしまう。

寝汗がすごかったので着替えのパジャマに着替えようとパジャマを
渡すと…

パジャマをむんず!とつかんで私の顔にめがけて投げつけた!

「(本気で)こっわぁああい(汗)…子、なんで怒ってるの?」
「だって…お母さん来るの遅かったから…(怒)」

そうとうの怒りようでした。
その日は全てについて反抗されて病院でもかなりつかれましたとさ。

|

2007年6月16日 (土)

お水!お水!お水ーーーー!

前回の24…(違いますね)
えーと、前回の続きですが子は無事手術も成功し一安心…になるはずだったのですが
事件は手術後のこの言葉から始まりました。

「子、何かのみたぁい」

麻酔から目が醒めても胃は動いていないので3時間は飲食禁止ですYO。
なんて…大人でないのに通じる訳もない。

最初は「まだ飲めないんだよ」なんてかわしてましたが
だんだん「飲みたい」という頻度が多くなる…。
いかに子の気をそらすかで旦那と交互にちやほやしながら
遊んで相手をする。点滴もしているし
術後すぐなのでプレイルーム(小児病棟にある)も禁止だったので
もっぱら絵本読んだり話しかけでごまかしたり。
でも、いくらがんばってもこっちがちょっとでも息をつくと子は「お水のみたい」と言う。
そりゃそうだよなぁ、きっと大人でも飲みたいよなぁ。
子もまだといわれ続けだんだん不機嫌になってきて…
長くこのブログを読んでくれている人には想像もついてきたでしょうが
そうです。
恒例のパニック症状が始まりました。

「お水!お水!おみずうううううううううううううううううううううう!」
ぎゃひーーーーーーーーーーー!
のたうちまわる子。
「まだ飲めないんだよ、後ちょっと。時計がぐるって回ったら看護婦さんが持ってきてくれるよ。
今お水を用意してるからね。それまで待ってね(汗)」
この時点で水解禁まで残り1時間でした。長い…長すぎる
ぼろぼろと涙を流し「お水のみたい。ちょっとだけ。ちょっとだけ。」を繰り返す子。
水が飲みたいのに涙まで出したら余計に喉が渇くだろうに。

1時間の間に子が言った切実な台詞集
*「ちょっとだけ。お約束」
*他のベッドの子の様子を見に病室に入ってくる看護婦さんを見て顔が輝くものの子に近寄る事無く
病室を出て行くと明らかに落胆した顔になる
*廊下を通過する看護婦を見て「看護婦さん、お水持ってきてくれなかった」
*「もうがんばれない」
*「看護婦さん、今お水用意してる?ちょっと見に行ってみる…」とベッドから無理やり降りようとする。

上記の発言と「あと少しがんばって」というやり取りを何度も繰り返した末
長い長い1時間が終わりようやく水解禁!
「子!お水のめるよ!!!」
子もその一言にそわそわわくわく。
看護婦を呼んで「もうお水飲んでいいんですよね!?」と聞くと
聴診器でおなかをぽんぽん。
「あー。まだ完全に動いてませんね。後40分位待ってください」

うぇええええええええ!?(大衝撃)

旦那も私も子になんと声を掛けていいやらすごく気まずい空気が流れる
事態をわからない子は「お水は?」と聞いてくる。
おそるおそる私が
「あー…えーとねぇ…、まだ飲んじゃ駄目なんだって…」

はい!子のスイッチ入った!
ぎゃひーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
お水お水おみずーーーーーーーーーーーーーー!
お水飲むお水飲む、飲んでいいってゆったーーーーーーーーーーーーー!

あぁあああああ
私は(参ったなぁ…)だったのですが、旦那は子へのいらつきが時間が
経つにつれ怒りの矛先が狂ってきて残り15分くらいになったとき
「子、大きい声で『お水飲みたい~』って叫べ!」と無茶を言い出した。
要は看護士に聞こえよがしに訴えろって事ね。
私は止めてくれ!と思ったが極限状態の子から予想外の台詞が飛び出しました

「駄目だよ、大きい声だしたら(他の)赤ちゃん起きちゃうでしょう!?(号泣)」
極限状態で他の赤ちゃんが起きることを気遣うとはお見事。
でも、今まで泣き叫んでた2時間の間も十分激しくうるさかったと思うんですけど…。

そして今度こそ本当の本当に水解禁。
看護婦さんが持ってきたコップを奪い取り一気飲みする子。
それはポカリスエットだったのですが
「病院のお水は甘くておいしいねぇ」と恍惚とした顔つきでため息ついてました。
子はポカリスエットの類は嫌いでほとんど飲まないのですが
おかわりまでしてました。
きっと子にとって3年間生きてきて一番おいしい飲み物だったんじゃないかと思います。

ポカリをコップに一杯飲むと子はスイッチが切れたように眠りにつきました。
今回の入院で一番大変だった水事件がようやく終了です。

話が飛びますが、子はおかげさまで木曜日に退院できました。
手術跡が痛むようで時折火がついたように泣きますがそれ以外は全然元気です。
次の記事では病院であったこぼれ話を。

|

2007年6月15日 (金)

手術入院

本当に突然ですが、子が手術入院しました。
実は子には生まれつき問題のある場所があり
生後半年の頃から2歳になったら手術をしましょうといわれていました。

子の病気は男の子500人に一人くらいの割合で発症するちょっと珍しい病気だそうで
そもそも近所の病院では見たこともないといわれ、ネットでちょっとその分野に詳しそうな
病院を検索し行ってみた所、これは私では手に負えないから専門の病院に行った方がいいといわれ
最終的に都内の大きい病院へ通院していました。

2歳を過ぎたらすぐ手術と言われていたわりに病院から「明日入院できますか!?」と電話が来ると
子はいつも風邪を引いていて「またの機会に…」と延期になってしまい
そんなやりとりを何度か繰り返しているうちにどういうわけか病院からぷつっと連絡が来なくなり、
こちらから確認の電話をしても「入院待ちリストには入っていますがまだです」と言われ続け
今回の手術までいつ連絡が来るのかわからないもんもんとした日々をすごしていました。

もんもんとした日々というと「何が?」になりますが
まず、手術する前には予防接種をしてはいけないルールがありました。
予防接種をすると手術が1ヶ月間できなくなってしまうため、
子は3歳過ぎてもいまだにポリオと3種混合が終わっていません。
待っている1年半の間に一体何回予防接種できたんだか…。
旅行や観光の予定もなかなか立てられず最初はピリピリとスケジュール管理をしていたものの
最後の方は「どうせ入院連絡なんて来ないんでしょ…」みたいな
半ば投げやりな気分でTDLとか予約してました。

後、半年に一度入院前検査と言うことで都内まで行って心電図やらレントゲンやらを
とらないと行けないのですが、小さい事を言えば交通費とか、無駄な有休とかも気になるし
いくらレントゲンとっても入院出来なければまた半年後にレントゲン。
3歳にも満たないのに「意味のないレントゲン」を何度もとられることに辟易してました。
しかも今回入院が決まって病院行っても最新版が必要とかでまた「レントゲンを撮った…
だったら最初の検査の時と、入院当日に1回撮れば済むことだったんじゃないの…?

何より一番精神的にきつかったのは
子が風邪などを引くことに対して寛大な気分でいられないということ。
「ああ!また風邪を引いてしまった!こんな時に病院から入院連絡が来たらどうしよう!」とか
「あ!なんか鼻でてるよ!酷くならないうちに医者で薬だ!」とか。
事情を知らない小児科では薬を飲まなくていい程度の軽症なのに慌てて飛んできて
なんて過保護な親だろうとか思われていたに違いありません。
風邪に限らず目やにがでれば結膜炎を疑い眼科に行き、発疹がでれば感染症を疑い内科に行き
子にとってはまるで病気になること自体が悪みたいな対応を私にされつづけていました。

まぁ、前置きだけで長くなりましたが今回手術が決まりました。
6/7の夕方に突然電話が来て「明日入院できますか?」と言われ
ようやく、ほんとうにようやく「はい!」と言うことが出来ました。
上司や保育園に事情を説明して旦那に電話して段取りをし、会社も急に休むことになるので
その日は保育園のお迎えを延長保育に変更してもらいギリギリまで残業してかえりました。
家に帰って速効御飯を作って子を風呂に入れ、寝かしつけて荷物詰め。

次の日は子と大きなボストンバックを持って通勤ラッシュの電車に乗りました。
普段通勤ラッシュとは無縁の私には地獄でした。いつも電車通勤している皆さんお疲れさまです…。

金曜は入院前検査と診察後に手術前の同意書とかの書類を何枚か書かされ
ベッドに案内されたのは昼過ぎでした。
その後院内説明とか今後の方針とかを聞かされておしまい。…と、思ったら
「明日は病院が休診日なのでお子さん、日曜の夜まで外泊なされますか?」

は?外泊?

要は外科なので手術前日まで外泊OKなんだと。
はぁああああああああ!?だったら最初から月曜入院にしてよ(滝汗)
また無駄な有休を1日使ってしまった&また日曜に子を連れて電車かい!
よほど子を置いていきたかったけれどさすがに帰れる状態なのに置いていくのも
気が退けて夕方に子を連れて帰りました。

さて、ようやく話が手術に辿り着きました。
手術というよりも術後が大変だった今回の入院騒動。
全身麻酔をするので手術前日の夜から飲食禁止で
術後も麻酔が完全にきれるまで飲食禁止なのですが
運悪く最後の食事のメニューが子が嫌いな物が勢揃いだったので
できる限り食べさせる努力はしたのだけれど半分も食べてくれませんでした。
案の定子は当日の術前からお腹空いたと言っていました。
まあ、お腹が空になる為の絶食なのだからそれで良い訳だけれども。

定刻が近づき、看護士が麻酔を効かせる為の事前の薬を子に飲ませると
次第に子はフラフラしてぼんやりしてきて
一人で座っていることもできなくなり会話もうつろな感じです。
見ていてこれはちょっと怖かったですよ。

順番が来て午後2時半に手術室の前へ。
いよいよです!
TVでよくある手術室の前の待機とかはなく、別のフロアで待つように指示されました。
手術は2時間半ほどで終了し、無事成功したと聞きました。
前々から難しい手術と聞いていたので2時間半で終わってむしろ拍子抜けした感じです。
その後血圧が安定し麻酔から目が醒めるまでは別室にいたため
子に逢ったのは夕方6時を過ぎてからでした。

術後に手術室の前に迎えに行くと立ち入り禁止区域の向こうで
子がベッドに横たわり足を組んでごろごろ転がっているのが見えました。
持っていったパジャマがボタンで無かったため病院の黄色いパジャマに着替えてました。

看護士が子をベッドで運んできました。
さぁ、子の第一声は!?

「おかあさーん!みてぇ!黄色いパジャマー♪」

ずこーーーーーーーーーー。
そうです。そんな奴です。

じゃぁ、第二声は!?
「子ねぇ、なんだかお腹空いて来ちゃった」

ずこーーーーーーーーーーーー。
やっぱりこんな奴です。

まぁ、痛がる様子もなく元気だったので
良かった良かった…だったのですが
実はこれからが大変だったのです。

長すぎるので続きはまた今度。

|

« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »