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2007年1月

2007年1月19日 (金)

父VS子 初親子げんか

私は旦那の車の色を「茶色」と言うのですが
旦那は「赤」といいます。
正確には「ボルドー」なので赤なのでしょうが
私にいわせりゃ「茶色」
数日前車に乗っていたときの事。
何の話からかまた車の色の話になり

旦那「だから、俺の車は赤だって!」と言うと

子「違うでしょ!とっとの車は茶色でしょ」

旦那「違うよ、とっとの車は「あ・か」!」

子「赤じゃないでしょ!」

旦那「赤だって!子、違うよ。赤!」

子「ちーーーがーーーーうの!ちゃーいーろでしょ!!」

旦那「赤!」

子「ちゃーーーーーーーぁいいいいいいいいーーーーーーろおおおおおお!(怒)」

横で聞いていた私は爆笑でした。ほれみろ、茶色だよ。

そのうち二人は決裂。車内にしばし無言が続く。
しばらくすると子が

「とっと、車の運転上手だね」

旦那は「おお、そうか、ありがとう♪」

二人は仲直りをしました。

子が…子が折れた!つか、旦那よ、2歳に負けるが勝ちを実行されて恥ずかしくないのか!

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2007年1月18日 (木)

母壮絶な思いをする ~子はデリケート仕様

月曜日に…突然尿閉になりました。
要は尿意があるのにでない。ぱっと聞くと笑ってしまう、もしくは「ふぅん…」かも
知れませんが、本当に壮絶な思いをしました。
会社で普通に仕事をしていて、ふとトイレに行きたいなと思い(AM11:00)
トイレに行ったら出なかった。ん?と思いながらほおっておいたのですが
結局定時になっても出なかった。
家に帰っても出ない。でも、感覚的にはトイレに行きたい。
なのにいっくら出そうと思っても全く出ない。
時間ばかりが経っていく…。
旦那に私の症状を説明してもTVみながら「ふぅん」と他人事。
こっちの状況はどんどん切迫してきて段々精神的にも尋常でいられなくなる。
そんな様子を子はじっと見ている。眉毛が八の字になっている。
でも、もう子を気遣ってやれる余裕なんかない!
もう最終的にじっとしている事もできなくなり部屋中をずっとクマのように歩きつづけ、
そのうち息は上がってくるし額から汗出てくるし。
トイレは目の前にあるのにどうにもならない…どこにその怒りを持っていけばいいのか。
もう、これはきっと体験した人でないと判らない苦しさだと思います。

夜9:30にもう自力では無理だ!と病院に行くことを決意。
でも、電話をするも対応してくれる病院がないとかで消防庁から
車で30分掛かる別の市の病院を教えられる。
その病院に電話するともっと近い病院の方がいいんじゃないかと言われたりして最悪。
それでも必死に頼み込む。
「先生に相談します」とか言って保留音が10分近く鳴り続け、
ようやく受入を承諾してもらう。

あああああああ!もうどうでもいいよ!
本気で救急車呼ぼうと思った。
でも、旦那に救急車待つよりも車で行った方が早いと言われ車で違う市の病院まで
行くことにした。30分……。長い。
しかも、途中でバイクの暴走族の軍団が前を走っていた。
下手に追い抜いたりして絡まれたら尚更時間が掛かると言うことで彼らと行き先が
かわるまでずーっとバイク群の後ろをゆっくりゆっくりついていった。
おとなしく後ろについてたのでしばらくすると彼らは去っていった。
はぁ~……。

やっとの思いで病院について先生に診てもらえる!と思ったのに、先生が来るまでが
また長い。私は陣痛の時も叫ばなかったのですが、今回ばかりは
「うあああああああ」っていいながら壁とか叩いてました。
先生がきてようやく処置してもらえることになったのですが
看護婦が器具をゆっかり床に落としてしまい
「済みません!落としてしまったので別の物をすぐ取ってきます!」
な、な、なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?
思わず口からぽろっと
「なんだと!?」って言っちゃいました。
「済みません、今すぐ持ってきますから」
私も慌てて言い直す。
「あ、いえ、大丈夫ですから」←本当は大丈夫じゃない訳だが日本人だね。
やっとの思いで処置をしてもらいその後本当にけろっと症状が治まりました。


その後毒素が体内に回っていないか採血。
検査の結果が出てくるのに1時間待ってくれと言われ結局自宅に着いたのは
深夜2時近くになってしまいました。
原因は不明。ホルモンバランスの崩れとかだろうと言われました。
次の日の朝は私は大丈夫だったのですが、子が私と同等レベルのストレスを感じていたのか
突然38.5度の熱をだしてしまいました。
私が長時間いなかったり何かあったりするとすぐ熱を出してしまう子は本当に
デリケートな体質です…

そして、もう二度とごめんだ!と思っていたのに
17日の朝また同じ症状に。さすがに不安になり、会社を休んで専門医に診てもらいました。
でも、やっぱり原因は不明。
私くらいの年齢でそういう症状がでるのは本当に稀らしく、一過性のものだろうと
言われました。ああああああ、しばらく不安な日々が続きそうです。
もし同じ症状の人が検索とかしてこの記事に辿り着いたなら今すぐ迷わずに
病院行ってください。本当に時間が経てば経つほど苦しくなりますよ!

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2007年1月15日 (月)

子、いいつけを守る

私にはちょっとした持病があります。
まぁ、薬飲んでいればどうということはないのですが
ここ10年近く定期的に血液検査とかしたりしています。
いつもは土曜に子を旦那に任せて一人で行くのですが
今回どうしても旦那との連携が取れず子を連れて病院に行きました。
大きい病院なので待ち時間も長いし、子の我慢が続くかハラハラドキドキ。
採血室に入ると10数カ所でみんなが採血しています。
うう、子が走り出して採血してる人にぶつかったり
急に大声だして採血してる人の手元が狂ったら…
嫌な想像ばかりしてしまい私の手にも嫌な汗。
もうすぐ私の順番。さぁどうしよう…子をすぐ側まで連れて行くべきか
ちょっと離れた待合い椅子で座って待っていてもらうか…。
側に連れて行ったら何か横からちょっかい出すかも知れない。
離れた場所で待ってもらったら突然泣いて走って来て誰かにぶつかるかも知れない。
迷ったのですが、私は椅子で待っていてもらう事にしました。

「子、かっかは今からお医者さんに行ってくるから。見える場所にいるからね。
すぐ終わるからそれまでこの椅子に座って、かっかが戻ってくるまでじっと
待っていられるかなぁ?」

「うん!」

「じゃぁ、この傘(雨が降っていた)2本しっかり持っていて!傘離したら駄目だよ?」
(傘を両手で持っていれば他の物を触れないだろうという私の安易な考え)

子は大役でも任されたかのように両腕で必死に傘を抱え込みました。

3メートルくらい離れた位置で採血を開始。
ちらっと子を見ると椅子に座ってこっちを見てる。

私は回数的には既に採血される人間としてプロの域に入ってると思うのですが、
未だに自分を含め、生き物にに針が刺さっている状態を見るのが苦手なので
横を向き、隣の人の採血が目に入らないように目をつぶります。
なので採血中は子の事もみられず…。

針を抜いて止血してもらったときに子の方を振り返ると
子は、すごい不安そうな顔(眉がハの字)になりながらも
必死で傘を抱えて椅子に座ったまま私をみていました。

子の側に行き

「よし!ちゃんと傘を持って待っててくれたね!えらいぞ!」

というと

「痛いのなくなった?」

「無くなったよ」

「あのね、子ね、かっか頑張れーってまってたの」

「そうか。ありがとうね」

子もだいぶ成長してきたなぁと思う今日この頃です。

は!珍しく笑いどころのない普通の話題でしたね。
じゃぁ、育児と関係ないけれど、今朝の出来事。
今朝、対向車の運転手が歯を磨きながら運転してました!(衝撃)
ひげそりとか化粧は見たことあるけど歯磨き…。
口どうやってゆすぐんだろう!?

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2007年1月11日 (木)

旦那の叶わなかった今朝の野望

旦那が今朝
「あー会社さぼりたい」と言った。
「有休沢山あるんだから休めるなら休めばいいじゃん」
「休めない」

でしょうね…。子がどんなに具合悪くて1週間もの間私が看病で
会社を欠勤し続けても(有休は使い果たした為欠勤)代わって休んで
くれない人ですからね…と、心の中でチクリとイヤミ。

「しかも、今日の気分は有休の休みじゃない。さぼりたいんだ!
「は?」
「さぼるってのは会社に休みの電話なんかしない!家にもいちゃいけない!
携帯の電源は入れない!」
なんだかすごい熱く語りながらも
結局のところ、いい年した大人はさぼる事なく
おめおめと会社に出掛けていくのでした。

まぁ、私も現状に不満だらけなのだけれど
旦那もいろいろあるんだな…と。
そんな朝の一コマでした。

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2007年1月 5日 (金)

正月前と正月後

師匠も走るって事で、子も年末には大掃除を手伝いました。
ノルマは自分のショベルカーの乗り物を磨く!
必死でマイカーを磨いております。
働き者のよか子供です。

Pic_0008

ところが…正月休みに入り、子は両方の祖父母のところに顔を出し
食べるものはお菓子、飲むものはジュース、俺様のやる事全てにおいて
間違い無し!という夢のような2日間
を過ごした為
現在ワガママ&甘え&偏食が最強になっています。

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